〒629-3245
京都府京丹後市網野町浜詰677-19
TEL/FAX : 0772-74-1009
メール:
開館 AM9:00-PM6:00
休館日 毎週火・水曜日
最寄り駅: KTR木津温泉駅から徒歩20分
P有:3台
■トキジクノカグノコノミ(非時香菓)
丹後には「橘」という名称だけが残っているとこ
ろがある。木津地区と浜詰地区を「橘」と呼び、
日本海に面した海岸から木津川沿いに上り、木津
温泉駅周辺までの地区を指す。
なぜ「橘」なのか、いろいろな説がある。
田道間守が垂仁天皇(3世紀後半から4世紀前半)
からの命を受け、「不老不死」の妙薬を求め、常世
の国を目指し、橘(トキジクノカグノコノミ)を
持ち帰り、箱石浜清水に辿り着く。網野町木津下
和田の女布谷に祭壇を設け、そこに献じて、神に
感謝と報告の式典をした。その場所が現在の木津
下和田の賣布神社と言われている。
当地の地名は『木津」であるが、その名称は橘
(コトジクノカグノコノミ)、即ち、柑橘のキツか
らの「木津」が語源とされたと伝えられている。
木津と言えば木材の港というのが一般的な語源だ
ろう。しかし山から海に流れる木津川は大きな
河川でもないし、「木津」の語源が木材の木場か、
それは定かでない。いつ頃から「木津」を使うよ
うになったのか。「橘」という名称が残ってはいる
ものの地区名としては存在しない。橘小学校、橘
中学校の学校名、たちばな会館という名前の公民
館などに残っている。この名称には地域のロマン
や歴史的な魅力のあるストーリーが秘められてい
る。一般的には豊岡市の中島神社に祀られている
田道間守が知られているが、京丹後市の「橘」と
田道間守の話はあまり地元でも周知されていない。
古代人が「橘」に「不老不死」の思いを込め、永
遠と死生観を重ねたのだろう。当時の死生観がど
んなものであったかを考えてみると、平均寿命は
30才ぐらいと言われ、今の青年の年であり、新
生児の死亡率も高く、気候変動とか外的な要因が
平均寿命を下げていたのだろう。しかし、中には
免疫力の高い古代人もいただろう。100年ぐらい
生きた古代人もいたかもしれない。いわば仙人で
ある。この人たちが時代の流れや災害の予知がで
きたと考えられる。そのために当時の人々は「不
老不死」を目指して、自分たちの住む場所を「橘」
としたのだろう。
「橘」は冬の免疫力を高める丸薬かもしれないし、
結実から長期間、腐ることなく収穫できる。その
姿も「不老不死」のイメージなのだろう。また常
緑樹で、年々青々としており、その中に無数のオレ
ンジ色の実がなり、宇宙に輝く惑星や星にも見え、
宇宙を感じさせ、未知の世界に誘ってくれる「冬
の太陽」かもしれない。